丸善インキ アテナインキ
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五月二十一日 月 雨昼、丸善へ行き、松根の餞別に手帳を求め、一時発を見送るため東京駅に行く。出発延期となる。夜、酒井さん、坪井君。(寺田寅彦日記「昭和九年」)
(684夜)
五月二十一日 月 雨昼、丸善へ行き、松根の餞別に手帳を求め、一時発を見送るため東京駅に行く。出発延期となる。夜、酒井さん、坪井君。(寺田寅彦日記「昭和九年」)
2月12日(月)目医者に行くひとり伊東屋にて鉛筆など買ひぶらぶら日本橋うらの古道具屋など見て帰る◉獅子頭 夜寒の店にならびけり(小津安二郎日記「1934(昭和9)年」)
三月十日 木 晴軍楽隊が大通りを奏楽行進、松屋、伊東屋などからテープを投げ、群衆歓呼。京橋図書館員、講演を頼みにきたる。断る。◎陸軍記念日。(寺田寅彦日記「昭和七年」)
三月四日。晴天風暖なり。晡時中洲病院に往き診察を乞ふ。ヴィタミンの注射をなす。病後の衰弱を治するに効ありと云ふ。帰途日本橋丸善に立寄りオリンピヤに晩餐を食す。銀座通商店の硝子戸には日本軍上海攻撃の写真を掲げし処多し。蓄音機売店にては盛に軍歌を吹奏す。時に満街の燈火一斉に輝きはじめ全市挙って戦捷の光栄に酔はむとするものゝ如し。(永井荷風 断腸亭日記「昭和七年」)