INDIA “THE GRAND TOUR” FUJIYA
不二家の洋菓子とランチ
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不二家新宿店は四谷区新宿3丁目(現・新宿区)にあった。
三月二十日 金夜来の雨晴れ、九時ごろから晴天となる。航研行き。帰路、新宿不二屋で東洋城と連句、例のごとし。城内の騒ぎをよそに松青く 東洋城あとは散り/\行く雲 寅日子かこつけもちいとばかりの花の旅 〃(寺田寅彦日記「昭和六年」)
(988夜)
三月二十日 金夜来の雨晴れ、九時ごろから晴天となる。航研行き。帰路、新宿不二屋で東洋城と連句、例のごとし。城内の騒ぎをよそに松青く 東洋城あとは散り/\行く雲 寅日子かこつけもちいとばかりの花の旅 〃(寺田寅彦日記「昭和六年」)
1月21日(月)池田忠雄と国技館〈春場所千秋楽〉に行く武蔵山は玉錦に勝ち 双葉山 男女の川に惜敗すともによしのち 松しま どうとんぬ など池忠泥酔(小津安二郎日記「1935(昭和10)年」)
吸入器や咽喉の薬ボンクーパーでお馴染の久能木本店の奥にある喫茶本位の久能木パーラーは落付いた気分のする店です。上品な感じがする店でアイスクリームの味は格別です。(安井笛二編『大東京うまいもの食べある記 昭和十年版』)
日本橋柳屋の化粧品部と、食料品部の間に挟まれて、可なり古くからある家ですが、昔から少年ボーイで、ソーダ水を初め、アイスクリーム、一品料理も悪くなく、この辺では白十字のほか、かうした家が少いので一層人気があります。(白木正光編『大東京うまいもの食べある記 昭和八年版』)
一月四日 金 晴帝劇で「クレオパトラ」、「コングの復讐」を見る。夕、不二屋で松根君、安倍君と会し、銀座竹葉食事。(寺田寅彦日記「昭和十年」)
一月二日 水 晴きょうもよく晴れ、温かなり。午前、原稿。午後、不二屋喫茶。金城商会で歳末に頼みおきし弥生町時代の写真焼き付けを受け取る。十字屋でトリオの譜f.Jugendのベトーヴェンとシューベルトを求む。夕食後、東一、山崎君を同伴して帰宅、山崎氏帰りて後四人でトリオ。(寺田寅彦日記「昭和十年」)
1月1日(火)箱入娘かみ結ひのとりなほしに元旦 雨とともにあける一同 明菓の二階に鴨雑煮を祝ふ 井田店主の好意による午後 飯田蝶子 坂本武 香取千代子 忍節子 山本氏 御挨拶の途上深川拙宅に立寄らる(小津安二郎日記「1935(昭和10)年」)
11月21日(水)この日 検閲三ヶ所 6メートルCut夕方ぶらぶらと蒲田の床屋まで行くキャンデーで紅茶とホット・ケーキ(小津安二郎日記「1934(昭和9)年」)
十月二日 火 曇中谷君、満州より帰途立ち寄る。坪井君と三人で風月行き。丸善で雪子と青木君ほか一名に会う。(寺田寅彦日記「昭和九年」)
仁王門に近く甘党にはお馴染の深い角店で、もとは数寄屋風瀟洒な構へでしたが今はコンクリートの甘味ホール式腰掛けになりました。(白木正光編『大東京うまいもの食べある記 昭和八年版』)
六月十六日 日 晴昼、弥生、雪子と広小路風月食事。円タクで鴻の台へドライブ。堀切、千住を経て上野へ帰り、地下鉄で新橋まで。千疋屋で喫茶。(寺田寅彦日記「昭和十年」)
みやこの通りを区役所通りに抜ける角店の堂々たる甘味ホールで、婦人子供達の浅草遊覧プログラムには、向ひ側の舟和ミツマメホールと共に屹度(きっと)加へられる程に人気ものになりました。喫茶、しるこ、雑煮、甘酒、サンドウヰッチ、のり巻等の類がなんでも安く食べられます。(白木正光編『大東京うまいもの食べある記 昭和八年版』)