東京名物 あられ志る古
5せん
東京銀座四丁目 ぱんじゅう本店
(268夜)
三月十日 木 晴軍楽隊が大通りを奏楽行進、松屋、伊東屋などからテープを投げ、群衆歓呼。京橋図書館員、講演を頼みにきたる。断る。◎陸軍記念日。(寺田寅彦日記「昭和七年」)
三月八日。晴れて風甚寒し。わが庭の老梅八重咲にて毎年彼岸を過ぎざれば花開かざるに、今年は寒中暖なりしかば、昨今既に満開となりぬ。谷崎氏神戸より近著盲目物語一巻を郵送せらる。日暮風やむ。銀座[一]丁目於倫比克*にて夕飯を食して直に帰る。(永井荷風 断腸亭日記「昭和七年」)
三月五日。快晴。春風嫋々たり。(中略)晡時西銀座五丁目の路地に住める某女を訪ひ用談をすまし、風月堂に往き独晩餐をなす。給仕人の持来る夕刊新聞を見るに、今朝十一時頃実業家團琢磨三井合名会社表入口にて銃殺せられし記事あり。(永井荷風 断腸亭日記「昭和七年」)
三月四日。晴天風暖なり。晡時中洲病院に往き診察を乞ふ。ヴィタミンの注射をなす。病後の衰弱を治するに効ありと云ふ。帰途日本橋丸善に立寄りオリンピヤに晩餐を食す。銀座通商店の硝子戸には日本軍上海攻撃の写真を掲げし処多し。蓄音機売店にては盛に軍歌を吹奏す。時に満街の燈火一斉に輝きはじめ全市挙って戦捷の光栄に酔はむとするものゝ如し。(永井荷風 断腸亭日記「昭和七年」)
三月初一〔旧正月廿五日〕晴天。風暖なること彼岸の頃に似たり。病も大方癒えたれば、午後着物きかへて庭に出づ。隣家の梅既に盛を過ぎ、わが庭の沈丁花も花さきぬ。鶯の声垣外の崖に聞ゆ。歩みて虎の門に至り、不二屋にて葡萄酒を購ひ車にて帰る。夜に入り風烈し。(永井荷風 断腸亭日記「昭和七年」)