東京・京橋 高島屋
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四月二日。昨日の東京日日新聞紙上父の映像〔これは記者のつくりし題なり〕の欄内に、博士森於菟氏が其先徳鷗外先生のことを書綴られし文出づ。午後草稿一二枚かきて後家を出づ。雨ぽつ/\と降り来りし故高嶋屋百貨店に入り古本の市を見る。(永井荷風 断腸亭日記「昭和十一年」)
(1001夜)
四月二日。昨日の東京日日新聞紙上父の映像〔これは記者のつくりし題なり〕の欄内に、博士森於菟氏が其先徳鷗外先生のことを書綴られし文出づ。午後草稿一二枚かきて後家を出づ。雨ぽつ/\と降り来りし故高嶋屋百貨店に入り古本の市を見る。(永井荷風 断腸亭日記「昭和十一年」)
日比谷交叉点の一角に聳えた百貨店美松の地下室食堂は、他のデパートと違ひ、午後十一時まであるので、丸の内住人にとても便利がられてゐます。(白木正光編『大東京うまいもの食べある記 昭和八年版』)
白木屋の七階食堂は明るく、それに給仕の少女が、他の百貨店食堂は全部洋装なのに、こゝは揃ひのはな色和装で、大和撫子らしい感じが出てゐて好評でした――(白木正光編『大東京うまいもの食べある記 昭和八年版』)
十二月二日 日 晴朝、川島清治君、除隊の挨拶にきたる。昼、高島屋で津田君に会い、展覧絵再見。午後、日比谷劇場で映画を見る。この日、藤の実、盛んに飛ぶ。(寺田寅彦日記「昭和九年」)
十一月一日 木 雨朝、松坂屋で散髪。昼、はい原で著書装幀用の紙見本数種求む。しん、大谷健子とカブキ座行き。風強し。青楓の画展目録序を書く。「触媒」初校終了。(寺田寅彦日記「昭和九年」)
十月二十一日 日 晴近来の好晴、十一時ごろよりドライブに出かける。松坂屋で弁当を用意し、千住、松戸を経て安孫子に行き、手賀沼のほとりにて昼食。さらに取手駅手前の利根川河畔の沼沢地を見晴らす。穂すすき一面にて美し、橋を向こう側に渡りて引き返す。(寺田寅彦日記「昭和九年」)
五月二十七日 日 晴しん、弥生、雪子とばら新へ行く。あいにく付近大掃除ゆえやめて、精養軒の藤棚下で昼食。松屋へ行き金魚草三鉢求む。夜、長谷川君、正二来。長谷川君、今夜仙台行き。(寺田寅彦日記「昭和九年」)
五月六日 日 晴十時半からドライブに出かける。新宿三越で弁当を買い、八王子から与瀬に行き、河原で昼食。中野、川尻、橋本、根岸、能が谷、竹の下、溝の口、二子、渋谷を経て帰る。新緑至るところ美し。多摩台地中には現代ばなれのした村落なお存ぜり。(寺田寅彦日記「昭和九年」)
四月二十二日 日 快晴朝、鳴海要吉君来。十一時から弥生、雪子と三人でドライブに出る。松坂屋で弁当、フィルム、地図を求め、草加、越谷、粕壁の河畔桃畑で昼食。岩槻近くの荒川畔の桜を見る。大宮、氷川神社の桜にぎわえり。川越より入間川を経て所沢から帰京。行程89マイルぐらい。天気快晴、風も弱く、少し暑さを覚ゆ。越谷方面は菜の花盛り、桃もところどころにあり。入間川方面には山桜多し。入間川の谷は美しい。武蔵野も方面方面で景色に特色がある。(後略)(寺田寅彦日記「昭和九年」)
二月二十七日 火 晴雪子誕生日。松屋でChocolate Ringを求め、夕食の時出す。「改造」へ原稿「学位について」送る。平田君、うずら豆、とら豆の斑紋につき手紙よこす。けさの夢、ドイツ、猫の鳴くはがき、財布に銅貨とスペイン貨幣、金がなくて困る。日本料理宴会場、ふとんの綿をぬく学生、石本君に金を借りようとする。(寺田寅彦日記「昭和九年」)
10月30日(水)出社秋晴れ 伏見と床屋に行く あとより池忠来る 一人有楽町下車 伊東屋 松屋により鉛筆を買ふ早く帰宅 入浴少年書を読むに懶(ものう)く 三十にして業由(な)ほ未だしと寒山詩にある百年の知己を得たと云ふべし(小津安二郎日記「1935(昭和10)年」)
八月十六日。雨ふりつゞきたれど空あかるく風なし。終日書筐を整理す。六時頃銀座尾張町に至り竹葉に入らむとする時空俄に晴れ虹あざやかに三越の建物を隔てゝ東の空に現はるゝを見たり。行人皆傘をつぼめ佇立みてこれを見て喜ぶ。(永井荷風 断腸亭日記「昭和十年」)