建国祭
パン 食堂
入谷・浅草
(950夜)
3月29日(木)▲雪 霊南阪ロケーションアメリカン・ベーカリーによって帰る セットライトのため中止▲淡雪や長門の干菓子薄茶かな(小津安二郎日記「1934(昭和9)年」)
パン店の永藤とは独立して仏蘭西風の瀟洒な二階建で、殊に二階の部屋は落着きがあります。まあ新宿の中村屋と云った格ですが、中村屋よりも明るく色彩に富み、少女女給の藤色揃ひのドレスも似合って、こゝは上野界隈の学生連に大きい魅力があるやうです。のみならず一般家庭連れにも這入りよい。無論ノーチップ。プレートランチ(三十五銭)、スペシャルランチ(八十銭)。喫茶、菓子等。(白木正光編『大東京うまいもの食べある記 昭和八年版』)
四月初一〔旧二月二十六日〕晴れて風静なり。午前読書。午後中洲病院に往き脚気注射をなす。いつもの如く清洲橋をわたり、仙台堀の河岸つたひにやがて曲りて黒亀橋電車通に出でたれば、深川公園の裏手を流るゝ油堀の北側をまっすぐに東の方へと歩む(中略)——此横町より汐見橋際の大通に出るに春の永き日も暮果てたれば、乗合自動車にのりて銀座に至り、いつものごとくオリンピク洋食店に飯す。銀座通の商店植柳の祝をなすとて飾物をなし人出甚しければ裏道を歩みて帰る。(永井荷風 断腸亭日記「昭和七年」)
三月八日。晴れて風甚寒し。わが庭の老梅八重咲にて毎年彼岸を過ぎざれば花開かざるに、今年は寒中暖なりしかば、昨今既に満開となりぬ。谷崎氏神戸より近著盲目物語一巻を郵送せらる。日暮風やむ。銀座[一]丁目於倫比克*にて夕飯を食して直に帰る。(永井荷風 断腸亭日記「昭和七年」)
一月十五日。快晴。午後笄阜氏来訪。晡時中洲に往く。帰途乗合汽船にて千住大橋に至り、歩みて荒川放水路の長橋を渡る。日既に暮れて宵の明星熒々として水心に浮ぶを見る。半輪の月また中天に懸りたり。橋際に松勢館といふ寄席あり、木戸口に市川新三郎尾上何某などかきし幟を立て、下足番の男鉢巻をなし印半纏をきて通行人を呼び招ぐさま、二、三十年前市中の寄席を思起さしむ。橋上を過る乗合自動車に乗り南千住三輪の新道路を経て、浅草公園西側より田原町に出づ。市内電車にて銀座に来りオリンピヤ洋食店に飯し、太訝に少憩して家に帰る。千住晩歩即興蒲焼の行燈くらし枯柳はだか火に大根白き夜店かな渡場におりる小道や冬の草水涸れて桟橋なかき渡し哉街道のくひ物店や冬の月(永井荷風 断腸亭日記「昭和七年」)