久能木式石油厨爐
(927夜)
鳥越の里鳥越明神の辺より大倉前(おおくらまえ)の辺までをいへり。『北条家分限帳』に、富永善左衛門江戸鳥越村の内を領するよし記せり。堯恵『北国記行』〔一四八七〕に、文明十八年〔一四八六〕十二月二十三日、隅田河の辺(ほとり)鳥越といへる海村に、善鏡といへる翁あり。かの宅に笠やどりして、閑林にあがめ置きたる金光寺に在宿しはべり。同十九年〔一四八七〕元日に、をさまれる波をかけてや筑波根のやまとしまねに春の立つらん 堯 恵(『江戸名所図会』巻之六 開陽之部)