幸楽
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和食と中華料理の幸楽*は、麹町区永田町2丁目(現・千代田区)にあった。
(966夜)
*現・プルデンシャルタワー(平成14年竣工)
十一月十三日 火 曇、後少雨朝、東一帰京。昼、小宮、松根と竹葉に会す。夜、錦水で「科学」の編集会。(寺田寅彦日記「昭和九年」)
十一月三日 土 明治節 晴朝、竹崎を訪い、子息の就職についての和田所長の紹介名刺を持参。銀座竹葉昼食。帝劇「母の手」と「テナシチー」。日比谷堀端の柳に緑見ゆ。夕方、庭にうぐいすの笹鳴きを聞く。壁塗り数日前より工事中。きょうは内玄関付近。(寺田寅彦日記「昭和九年」)
十月二十八日 日小宮君上京。朝、帝展一覧。午後、日比谷劇場で「エノケンの魔術師」を見る。教文館古書展で「土佐句テニハ集」を求む。夜、小宮と竹葉、コロンバン。(寺田寅彦日記「昭和九年」)
間口は大して広くありませんが、前庭を取った江戸風の構へが、神田の一流処であることを語ってゐます。牛鳥、日本料理で昔から有名な家で、間口に比し、奥行きは素晴らしく深く、部屋も沢山あって、こゝなら誰が行っても恥かしくありません。(白木正光編『大東京うまいもの食べある記 昭和八年版』)
10月10日(水)飯田 吉川 松井と帝劇に若草物語をみるのち 青山いろはに行く(小津安二郎日記「1934(昭和9)年」)
追込みのほか離れ、別室も沢山あって、家族連れには一番煩はしさが少く、落着いて食べられます。味も上々ですが、その代りつい食べ過ぎて予算のはみ出すおそれがあります。(白木正光編『大東京うまいもの食べある記 昭和八年版』)
仁王門近く、もと奥のときわと云って、ときわ全盛時分は相当名を売ったものです。奥へ深く庭園も立派なものです。今は大増に変って、日本料理、うなぎ等、落ついて食べたい家族連れ等に手頃の場所。なほ入口には御軽便食堂があって、日本定食(五十銭)。(白木正光編『大東京うまいもの食べある記 昭和八年版』)