松井車輛製作所
事務所 東京市麻布区新広尾町1丁目
工場 東京府荏原郡六郷町字雑色
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松井車輛製作所は麻布区新広尾町1丁目(現・港区麻布十番4丁目、南麻布1,2丁目)にあった。
工場は荏原郡六郷町雑色(現・大田区南六郷2丁目)にあった。
(832夜)
6月8日(土)終日うち早慶一回戦 三アルファ対二早稲田一勝なれど凡戦 凡打凡失熱なく終始す早稲田 若原→鵜飼慶応 土井→桜井夕方霊岸島に橘丸を吉成と見に行く仏法僧の放送を聞きながらぶらぶら銀座まであるく 門により帰る(小津安二郎日記「1935(昭和10)年」)
四月九日 金午後、佐藤春夫氏を訪ふ。唐助の早稲田腰掛けの月謝の内、五十円借りて来た。夜、夕食後東朝航空部へ行き、神風号の倫敦着の報をきき、午前二時帰った。午前より午後にかけて先月の中央公論に乗り遅れた原稿「二銭紀」の校正をした。(内田百間日記「昭和十二年」)
十二月四日 土五百円では足りないので色色こまる。午後、共同印刷にて文藝春秋の齋藤氏に会い、百円借りる事にした。帰りに矢来森田たまさん、七郎さんを訪ふ。バスで助にあい一緒に帰る。お隣の阪井さんへ挨拶に行った。夜、東京駅の鉄道ホテルへ来た。改造の原稿がすむ迄、当分いるつもり也。(内田百間日記「昭和十二年」)
昭和14年6月18日午後から、なぜか品川へ行く。暑い日盛りの道路をただ歩く。「大阪商船新造船あるぜんちな丸 世界一周祝賀披露」とある。遠くから眺め、浦島橋を渡り、札の辻橋に出た。そして高輪の泉岳寺にお参りする。生れて初めて来たのだ。大勢の田舎の女学生にまじって、四十七士の墓を廻る。たちのぼる香煙。品川や馬糞はなるる白き蝶(吉岡実『うまやはし日記』)