12月29日(金)皇太子 継宮明仁親王と御命名夕方清水から電話でヱスキモで会ふ それから提灯行列を見に宮城前に行って 松しま 千疋屋によってかえる来年から小説をかく勉強としようと思う皇礼砲のひびくのを聞いて昼寝 まことに気持よし(小津安二郎日記「1933年(昭和8)」)