昭和14年11月20日月に暈がかかっていた。二の酉へゆく。米久は客止めの札を出している。大変な人混みを大きな熊手がゆさゆさゆく。遠く大鷲神社を拝し、吉原の遊郭へ廻る。いつもは入れないが、今夜は開放されているのだ。「××楼」「◯◯閣」と、女、子供たちが声をあげている。(吉岡実『うまやはし日記』)